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オーラについて

身近な自然と科学Vol.174から

「あの人にはオーラがある」などと言うことがありますが、超自然研究家が言うようなオーラは存在するのでしょうか?

オーラの話で有名なのが、1939年ロシアの電気技術者セミヨン・キルリアンによって写された「キルリアン写真」です。
これは数万ボルトという高電圧の高周波を掛けた電極の上にガラスなどの絶縁板を置き、その上に感光性フィルム、その上に被写体(手など)を置き、フィルムを現像したものです。
この写真にはオーラが出ているように見えるものが写り、その形は人体の状態によって(或いはそのときの環境により)様々に変化するためにオーラを撮ったものだと主張する人たちがいます。
カラーフィルムで撮った場合には様々な色のオーラ状のものが見られます。

しかし、キルリアン写真では鉱物のような無生物でもオーラ状のものが写ります。
無生物にオーラがあるのか? と思いますが、肯定的にとる人たちは、水晶などが持つという超自然の力が無生物にある証拠だと主張します。

ですが、多くの人々はキルリアン写真を懐疑的に見ています。
英米の複数の大学で1970年代に行われた検証で、コロナ放電に過ぎないとされました。
コロナ放電は一部分の絶縁破壊で、気体中に掛かっている電位差の不均一で、気体分子が他の分子に衝突した際に発光するのです。
コロナ放電は気体分子で起きますから、被写体として入れた手の発汗状態などで周囲の気体分子の構成が変化し、その結果、コロナ放電の形は一定せず、オーラを写したかのように見えます。
様々の色が写し出されるのは、放電した際の電子が感光薬剤と反応して現われます。
コロナ放電説を裏付けるのが、キルリアン写真は真空中では撮れないということです。
コロナ放電で感電しないか?という心配は、コロナ放電では百万分の数アンペア程度の電流しか流れないので感電しません。
キルリアン写真で病気が判る、という反論には、患部近くの皮膚の状態が他の部位と違っていれば、その周囲の気体分子の構成も若干異なり、コロナ放電も違うだろうと推測できるのでオーラとは結びつかないのです。

次にオーラが見えると主張する人たちがいます。
彼らの主張は、後光や光輪―――宗教画で神仏の周囲に光状のものを描いているもの―――を連想させます。
神仏が見える人には神仏が放つオーラが見えるから描いたのか、神仏の気高さを表すための美術的テクニックなのか判りませんが、オーラが見えるようになるという方法から探ってみましょう。

機械的に見ようとするのが、「キルナー・スクリーン」です。
これはブルーの合成色素シアニン(植物からとった青色素でもよい)で染めたスクリーンを通すと、オーラが見えるというものです。
視細胞のひとつである桿体細胞は暗い所で物を識別する能力が優れていますが色覚がありません。
この細胞の感度は黄色あたりが高く、キルナー・スクリーンを通して空を見て訓練し、感度が高くなる光の色を青方向に持って行くのだそうです。
キルナー・スクリーンでは3層構造をしているというオーラの身体に最も近い部分しか見えないそうですが、桿体細胞の色感度がこんな方法で移動するか疑わしいですし、染めたスクリーンぐらいでオーラの一部でも見えるなら、既にオーラが見える機械が開発されているはずです。

この辺りからオカルトっぽくなり、精神修養で見る方法が出てきます。
気功やヨガで身体と精神を鍛えると共にリラックスして、誰でもオーラが出ていると想像して見るとか、普通には考えられない話が出てきます。

オーラが見えると主張する人たちは眼が精巧なカメラだと思っているような気がしてなりません。
眼は凸レンズ1枚で出来た、しかも、形が変化しやすい不出来なものです。
角膜や硝子体をレンズと考えれば合わせレンズですが精巧とは言いがたいです。
その証拠に、眼に圧力を掛けた後や眠りから覚めた直後には物の形が歪んだり色が滲んだり見えることがありますし、乱視検査において歪む方向や強度がいつも同じとは限っていません。
目は視細胞同士の連携と脳によって不出来なカメラを補って正常に見させているのですから、訓練して正常とは違う状態にすれば、目の総合的な調整機能が崩れて物の周囲に変なものが見えてしまうのでは無いでしょうか。

オカルトっぽいオーラは疑わしいですが、もちろん、人には他人を引きつけるとか逆に嫌うといったものがあり、人はそれを感じることが出来るという事は否定しません。
何だか気が合うとか、合わないといった、理性では説明しづらい事がありますから。


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